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術後6年 

今日でちょうど6年なり。
生きてるよ。
ありがたいねぇ。

検診は来月。
まだ喜ぶには早いけれども。

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術後4年半検診 

半年目の検診は、レントゲンと血液検査だけの簡易なもの。
結果、異常なし!

発病の頃には知らなかった言葉だけど、私の癌は「トリプルネガティブ」と呼ばれるものらしい。
3つのネガティブ要素が揃った、所謂、非常にタチの悪いタイプの癌。
2年以内で再発・転移する確率が非常に高い。

それが、4年半何事もなく過ごせた。
5年を越えれば、ぐっと完治に近づく。
自分で、そんなギリギリの気持ちになったこともないけど、振り返ればとてもラッキーな人なのかも知れないと思う。

ドクターが、「shi-samaはなんか、大丈夫そうですよね」なんて無責任に言っていた。
それを素直に褒め言葉として受け止めようと思う。
数えきれない乳癌患者を見て来たドクターがそう言うのなら、その根拠のないイメージも、まるでデタラメというわけではないだろう。


『余命一ヶ月の花嫁』という映画が話題になっている。
これをきっかけに、乳癌検診への関心が高まれば良いなと思う。
ただ、乳癌=死、のようなイメージは持って欲しくない。

癌である以上、死はそりゃ身近なものではあるけど、若く美しく聡明な彼女が死んでしまったということに注目するばかりではなく、乳癌と闘い、元気に生きている女性がたくさん居ることを見て欲しい。
若くもなく美しくもなく、もっと孤独でひっそりと、でも、癌と闘い癌と共生し、自分の命の最期の時まで必死で生きている、もっともっと数多くの女性の姿を想像して欲しい。

気の利いた言葉を残すわけでもない。
ウエディングドレスを着る事もない。
けれど、私だって、こうやって生きているよ。

おかげさまで3周年! 

父の大腸癌とかエルの去勢とか、手術づいてる我が家ですが、とりあえずワタクシ、11月5日に無事術後3周年を迎えることができました。
おめでとう!
ありがとう!

とはいえ、今月末に受ける予定の定期検診の結果を待たなくては、本当の意味で「無事に」なのかはわからないのですが。
ま、いいじゃん、今元気だし。

もう3年なのか、まだ3年なのか。
どちらとも言えるし、どちらとも言えない。
けど、やっぱ、まだ3年なのかなぁ。

気持ちの中では、手術のことも抗癌剤のことも、えらい昔のような気がしてる。
だけど、髪の毛はまだ完全には生え揃っていないし、逆流性食道炎でご飯食べられなかったのって、去年のことなんだもんね。

思えば、私の手術の日には、父も病院へつきそってくれていた。
少し、車の運転が危ない感じになっていたのに気付いたのも、その時だった。
あの頃から、すでに認知症の兆しが見え、そして、見えない所では、癌がその姿を現しはじめていたのだろう。

あの頃、3年後の今が想像出来なかったように、今、3年後がどうなっているかの想像もできない。
良くも悪くも、何かが変わり、何かは変わらないままであるはず。

さて、話は変わり、エルのその後。
土曜日にカラーとパンツを強制装着させられたエルさんですが、月曜日の夜には、カラーをつけたまま自分でパンツを脱ぎ、絆創膏を剥がし、残りの糸を綺麗に抜きさってしまいました。
そして、脱いだ後のパンツを、ものすごい勢いで「やっつけ」てました。
よほど気に入らなかったんだな。

手術から4日目だし、傷口もきれいに閉じていたので、そのまま静観。
次の日曜日に病院へ連れて行き、お腹も口の中もOK!という診断をいただいて、無事イベント終了となりました。

痛い思いや怖い思いをしたはずなのに、さほど病院を嫌いにはなっていない様子にほっとする。
そういうところが、大らかというか鈍感というか、非常に助かりますよ。
今後のことも考えて、病院とは仲良くなっておきたいからね。

そうそう、3年前に、自分が犬を飼ってるなんて思いもしなかったよね。
自分のことを一心に信じ、慕ってくれる存在が側に居てくれるなんて。
それはきっと、エルじゃなければならなかったんだと思う。
私を呼び、私を選んでくれたのがエルだった。

今日、離れた場所で一人遊びしているエルに、「かあしゃんは誰?かあしゃんのところに来て」と呼びかけると、遊んでいたロープをくわえて私の元にトコトコと歩いて来た。
泣けるぜ、ちくしょー!

銀杏の木を嗅ぎ回るエルさん。
足元には銀杏の葉。秋だねー。

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昼間のお散歩は気持ちいい~。
思わず大あくび。

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術後2年半検診 

今日は、半年ぶりの検診の日。
半年目なので、血液検査と肺のレントゲンという簡略バージョン。

結果、問題なし!
おめでとー!

次は3年目の検診で、これはCTとか骨シンチとかも調べる。
それまで、目立った体調の変化がない限り、まあ、よろし、ということに。

担当のドクターがまた変わった。
手術をしてくれた先生、抗癌剤治療の途中から担当になった先生、で、今日から担当してくれる先生、と三代目。
これまでの二人の先生が、穏やかで大人しい感じの人だったのに比べて、声も身体も大きくて豪快なイメージ。
楽しいドクターで、好きになれそうです。

また、半年後!

その時何が起こっていたか 

なんて大げさなものじゃなく、自分の覚え書きのようなもの。

3月の終わりから4月の半ばにかけて、ここを全く更新していなかった時期、私の体調は最悪だった。
風邪を引いたのかと思っていたのは、どうやら勘違いだったようだ。
確かに微熱があって咳がとまらなかったけれど、問題はそれじゃなく、絶え間ない嘔吐の方だった。

初めは朝か夜中に一日一度吐いているだけだったものが、そのうち、一日二度になり三度になり、最後には一切食事が取れなくなってしまった。
二日間、水だけで過ごし、それでも絶え間なく襲ってくる吐き気と嘔吐。
さすがにそれでは身が保たないので近所の内科へ行ってみた。
とりあえず栄養剤と吐き気止めの点滴を打ってもらう。
ドクターに症状を話してみるも、これと言った原因がわからず、ただ吐き気止めの錠剤を処方してもらって帰った。

点滴と吐き気止めのおかげか、その日はすこし食事も出来、ひどい嘔吐もなかった。
翌日からまたちょっと吐いたりしたので、もう一度点滴を打ちに病院へ行った。

待合室で順番を待っている時、一枚のチラシが目に入った。
病院の待合室によく置いてある、例えば、『成人病のご相談は当医院へ』とか、『骨粗鬆症の予防のために』とか書かれたチラシの中の一枚だった。

『このような症状があったら…胃酸の逆流が疑われます』というタイトルの、そのチラシに書かれた項目が、自分の症状に合致しているように思えた。
例えば、『食べ物がノドにつまった感じ』や『しつこいセキ』。
特に、今まで不思議だったセキと嘔吐の関係が書かれていることにピンときた。

そのチラシを手に取り、ドクターに「これだと思うんですけど」と言うと、この病気に良く効く薬があるということで、それを処方してもらった。
病名は『逆流性食道炎』。
ネットで調べると、胃と食道を繋ぐ括約筋の衰えとかが原因の一つらしく、ここまだ身体が衰えたのかとちょっと凹んだりもした。
まあ、元々何かというとすぐ吐く体質だったし、胃酸過多気味だったのだとは思う。

もらった薬を飲むと、嘘のように症状が消えた。
原因が分かれば、こんなに簡単なものだったのかと思う。
おかげで今はすっかり回復して、着々と太りつつある。
といっても病気のせいとはいえ、せっかく痩せたのにまた太るのはもったいないと思っているが。

そうそう、痩せた痩せたと言ってはいるもの、実は本人にはあまり実感がない。
スーツを買ったときも、9号を試着するのはすごく恥ずかしかった。
きっと私には入らないと思ったから。
試着して、その洋服にすんなりと身体が収まるのを見て、「私、痩せたんだ」と初めて思う。

この間も、どう見てもちっちぇーと思う洋服を、でも、すごく欲しくて着てみたくて、おずおずと試着した。
試着室の鏡に映る、半裸の姿を見て、「ああ、痩せた」と思った。
けど、痩せた身体はなんとも哀れで、筋肉の無くなった腕の脂肪が骨に無様にぶら下がっていた。

ちっちぇーと思った洋服は、着てみたらちゃんと身体に合っていた。
それでも不安で、店員さんに、「窮屈そうじゃないですか?」と聞いてみたりした。
店員さんはびっくりしたような表情を一瞬見せて、「そんなことないですよ」と言った。
彼女には分からないだろう。
デブは痩せても、身体にフィットする洋服に恐怖を感じる。
デブの劣等感が心の中に貼り付いていて、ちょっとやそっとじゃ消えないのだ。

なんか、ネガティブでどうしようもないな。
思わず苦笑いだ。

とにかく、今はとっても元気です。
治療中、治療終了後を通して、今が一番元気かも知れない。
体力の低下はいかんともし難いが、それもぼちぼち回復していけそうな気がします。

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CTの結果 

特におかしなものは写ってなかった。
1~2月の体調不良は何だったのか?
急激な体重の減少はなんなのか?
結局、それらは解明されなかったけど、まあ、とりあえず再発とか転移とかではなさそうなので一安心です。

最近は体調も良く、この間のftaのオールスタンディングライブも無事完走。
そうそう、チケットを取ってくれたお友達のおかげで最前列!
思う存分、清水さんのエロスに悩殺されてきました。
乳首万歳!(笑)

なわけで、そろそろ仕事のことも考えないとね。

また不調 

咳が出る。
咳き込みすぎて嘔吐する。
出てくるものはいつも胃液で、食べたものを吐くことはない。
だから、お腹の中に何か入っていれば吐かないのだと思い、少しずつ何度も食べるようにしたら、吐かなくなった。
今のところ、それで落ち着いている。

それよりも心配なこと。
また、体重が減った。

先月の絶不調の時から、さらに3キロ減った。
ありえない。

不調から回復して以来、食事を制限したりしていないし、運動を始めたわけでもない。
なのに、また減ってる。

どうなっちゃったんだろう。
本当に、何か、悪いことが起こっているんだろうか?

思い当たることと言えば、香醋を真面目に飲むようになったこと。
でもね~、香醋飲んだ位でこれだけ痩せるんなら苦労はないじゃない?

痩せて、嬉しいやら怖いやら。
女心は複雑です。

術後一周年検診の結果 

おかげさまで、異常なしです。
血液(腫瘍マーカー)、マンモ、CT、骨シンチ、エコー。
全てクリアっす。

正直、先日検査してから結果が出るまで、なんつーか、悶々としていたというか苛ついていたというか、ちょっと精神的にヤバい感じでしたよ。
治療が終わってわずか数ヶ月。
こんな時期に、再発です、転移です、また抗癌剤です、なんて言われたら、さすがに辛いじゃないですか。

まだ、髪だって伸びてないのに。
まだ、仕事を再開してもいないのに。
そして、再発・転移ってことは、これからずっと死ぬまで、その治療を受け続けなくちゃいけないって宣告なわけで。

ま、とにかく、何事もなく一安心。
とりあえず、今、私の体の中には癌はないのだ!
これで、心おきなく東京にも行けますぜ。


骨シンチのフィルムを見せてもらった。
初めて自分の「骸骨」を見ましたよ。
笑っちゃうくらい、理科室にあった骨格標本通り。
みんな見たことある?
自分の「骸骨」。
なかなか貴重な経験でした。

エコー検査を受けながら、しこりを見つけて初めて病院を訪れた時のことを思い出した。
ここで横になってる時に、ずいぶん軽い感じで「たぶん悪性」「悪性って言うのは癌」って言われたんだったよなぁ。
すごく簡単そうにドクターがそう言うから。「え?」って驚いたように聞き返すと、「そんなに怖がらなくても大丈夫」って言われたんだった。

確かに、その時私が思っていた「癌」という言葉のイメージと比べて、実際の状況は、それほど悲観的になる必要もなかったけど。
でも、「そうかぁ、やっぱりなぁ」って、ちょっと哀しくなったんだった。

次の検査は来年3月上旬。
それまで、「健康(仮)」ってわけですね♪


長い待ち時間の疲労と、異常なしの結果に安心して気が抜けたのとで、帰宅してから爆睡こいちゃった(笑)
私って、意外と小心者だったのだわ、おほほ。

もろもろ一周年シリーズ -本番- 

本番って(笑)

今日で術後一年となりました。
ここ2・3日記憶が飛んでいるので、すっかり日付がわからなくなっていた。
夜、いつものように母と散歩をしていて、ふと思い出した。

ちょうどこんな、秋と言うには暑いくらいの日だったね、とか。
ずっと微熱があってアイスノン借りてたよね、とか。
手術のあと、痛くなくて良かったよね、とか。
そんなことを話しながら歩いた。

手術室の中まで普通に歩いて入って行って、自分で手術台に上って、酸素マスクをかけられたら、もう、その後の記憶はない。
麻酔の切れ際の吐き気が嫌だった。
部屋に戻ってうつらうつらしながら朝を迎えた。
傷の痛みはまったくなく、絶食のせいで、空腹と喉の乾きがちょっと辛かった。

いわゆる「エコノミー症候群」を防ぐため、手術前に弾性ストッキング(きつきつのハイソックスのようなもの)を履かされていて、足下がごわごわして気になった。
母は、血栓が出来るのを恐れて、夜中に時々足をさすってくれていた。

ぐっすりと眠れはしなかったけど、目が冴えることもなく、ただ体に繋がれた管の違和感と闘っていた。
夜が明けて、その管をすべて外されたら、もう、どこもかしこも元通りで、わずかに感じる左乳房の腫れを除けば、自分が手術を終えたことなど嘘のようだった。

本当の意味での一年経過は、今月末にある術後一年の検査を終えなければ何とも言えない。
そこで、早々に転移なんかが見つかっちゃう可能性もあるから。
でも、とりあえず、一年経ちました。
元気で生きてます。
めでたいじゃないかっ!

もろもろ一周年シリーズ 

仕事辞めて一年、です。

先週の月曜日、何ヶ月かぶりにM氏とクールビューティHK嬢と会ってご飯を食べた。
その時、私の「最後の一日」の話で腹がよじれるほど笑った。
本当にあの日は、最後の一日にふさわしい、歴史に残るドタバタぶりだったもの。

一緒に働く仲間を怒鳴り飛ばしたのなんて、最初で最後。
といっても、深刻な溝を作るようなものではなくて、こうやって後で怒鳴り飛ばされたM氏と笑いあえてるんだから、まあ、良い思い出ですよ。
あのドタバタのおかげで、辞めた後、何一つ自分の仕事をやり残さずにすんだんだし。

一年も経って、当時の職場の人たちとご飯食べに行けるのが嬉しい。
私、あの仕事、好きだったんだ。
あの職場も、好きだった。
出来ればもう一度、あの場所に戻りたい。
でも、あの頃と同じではないんだよね。
私も、周りも。

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