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検査結果 

今日は病理検査の結果を聞く日。

この間よりは待ち時間短くてすんだ。
それでも1時間半は待ちましたが。

リンパ液による腫れが気になってて、抜いてもらいたかったんだけど、どうやら通常の範囲内ということで拒否られてしまった。
上半身裸になって横たわった状態で、何もせずに終了されると、「あー、今日俺疲れてるから出来ねー」って背中を向けられた状況的な屈辱感がある、って何言ってんだ(笑)

まあ、それはいいとして。
まず癌の性質についての説明。
リンパ節転移は、センチネルのみあり。
いわゆる顔つきと言われる核異型が、グレード3。
ホルモン受容体はマイナス。

って言われても、普通は何のことか分かんないよね。
とりあえず私は、前もってガイドブックを渡されていて、それをちゃんと読んでいたのと、インターネットでいろいろ調べてたのとで、これが何を意味するのかは、この時点でだいたい分かった。

一言で言えば、再発のリスクは非常に高い、ってことですね。
それに伴って、今後の治療も、より強力な薬が使われることになるわけです。

ドクターお勧めの治療法は、「ECT療法」と言われるもの。
ファルモルビシンとエンドキサンを組み合わせた薬を、3週間おきに4回、それが終了した後にタキソールという薬を毎週12回、併せて約6ヶ月で終了。
その後に、残ったおっぱいへの放射線が、5日+2休で25回。
なんだかんだで、7~8ヶ月はかかる、と。

ふ~。

予想される副作用は、「吐き気」「脱毛」「白血球の減少(風邪引きやすかったり、肺炎になりやすくなったりする)」「手足のしびれ感」等々。
それらの重さは個人差があって、「吐き気」と言っても、何週間もご飯がまともに食べられなくなってしまう人もいれば、全然感じない人もいる。

「脱毛」は、まあ、頭の毛はどっちにしても抜けちゃうけど、タキソールの脱毛効果は絶大らしく、睫毛や鼻毛まで抜けるんだって。
おお、エステにも行かずに全身脱毛かよっ!
おっとく~!
って、エステ代より高いかも!!
てか、高いよっ!

吐き気を押さえたり、白血球を増やす薬っていうのもあって、一昔前に比べたら、副作用もかなり軽減出来るようになってるそうです。
でも、毛の抜けなくなる薬はないのね。
まあ、そういう薬が出来たら、世の中ハゲで悩む人はいなくなるわね。
アデランスとか、倒産しちゃうわね。

まあ、そういうものが、来週から始まるわけです。

最後に、「長くかかりますけど、頑張りましょうね」とドクター。
私の主治医は、本当に優しい話し方をする人で、まだ、世間話をしたり出来るほど打ち解けてはいないんだけど、ちょっと関西系のイントネーションで話す言葉には、とても慰められます。

乳腺の専門医ってことは、患者はほぼ100%女性。
(あ、男性でも乳癌になる可能性はあるんですよ。油断しちゃだめ!)
やっぱり、ヨン様的な優しさは必須でしょう。

そんな感じで、めっちゃショック!な内容ではなかったけれども、決して喜ぶべき結果でもなかったわけで、ちょっと今後に向けて元気も必要ってことで、帰りに大好きな人に会って心のお薬注入しときました!(笑)
よし!大丈夫!!

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はまった! 

たぶん、知ってる人はいっぱいいるんだろうけど、私は昨日、初めてこれの存在を知りました。

Say Hello!

可愛い!
可愛すぎる!!

猫派か犬派かと聞かれれば、明らかに犬派の私。
一応一戸建て持ち家に住んでますから、飼おうと思えば飼えなくもない。
が、筋金入りの無責任な性格(たぶん、餓死させる)と、犬の毛やだ液にアレルギー(ジンマシン)のある体質のため、犬と私、お互いの幸せのために飼うことは断念しております。

あと、犬は好きだけど、犬グッズとか犬の写真集とかを揃えたりするのは、なんとなくNG。
そうなるとちょっと、「気持ち悪い」と思ってしまったり…。
(犬猫好きで、犬猫グッズ好きのみなさん、ごめんなさいまし)

ちなみに、私が一番好きな動物はジャイアントパンダ。
まさか飼うわけにもいかず(当然)、近所にパンダのいる動物園もなく、テレビで見るとかせいぜいポストカードとかで可愛い~という気持ちを慰めておりましたが、最近、パンダ好きが周囲に認知されるようになり、しかもちょっとばかし違った方向で受け止められているらしく、パンダグッズを山ほど貢がれてます!(笑)

いやいや、有り難いですよ。
嬉しいですよ。
でも、私、本来リアルなパンダが好きなのであって、パンダーZはそれほどでもありませんから!

って、人でなしだわね、私(反省)

本日のお届けもの 

まず、「ヅラ」(笑)

言わずと知れた抗ガン剤の副作用対策。
ネットで注文してみました。
まあ、不自然と言えば不自然ですが、いいでしょう。
本気でちゃんとしたものをとなると、20万円くらいするらしい。
それはちょっと…。
高価なものは、仕事を再開する時に、もし必要なら買うってことで。
一年くらいは休む覚悟してるんで、それまでにある程度生え揃ってくれてればいいかなって。
もちろん、早く働きたいとかって気持ちは強いし、その方がいいのかも知れないけど。
ただ、今は焦りたくないんですよ。
ゆっくり養生する気構えで、これからの治療に臨みたい。


続いて、「入院診療費請求書」。

やっと来ました。
保険適用(3割負担)分が、177,710円(食費3,120円含む)。
差額ベッド代が、13,000円。
合わせて、190,710円。
4泊5日の入院で約20万円かあ。
まあ、保険をいろいろ使えばほとんど返ってくるんでしょう。
それよりも、これから収入もないまま続く通院治療の方が痛いかも。
ま、仕方ないっす。

写真 

手術の後、ドクターから「ご希望であれば、術前術後の写真など差し上げることが出来ますが」と言われ、あまりに手術直後すぎて、私は「いらねー」って言ったんだけど、母が欲しいと言うのでもらって帰った。
それ以来、半ば忘れていたし、あらためて見たいとも思わなかったんで放置してた。
それをふと思い出して、今日、見てみた。

CTとMRIの患部写真。
術前にマーキングされた乳房の写真。
術後に撮られた傷跡の写真。
そして、摘出された癌の写真。

さすがに癌の写真はショックだった。
というか、ひたすら気持ち悪いんですど!
手袋越しとはいえ、よく触ったよ、ママン。

憎ったらしいよね。
こいつのせいでさっ!

乳房再建 

昨日テレビで短い特集をやっていた。
乳房切除を選択せざるを得なかった人に、新しい乳房を作る手術。

方法は大きくわけて二種類。
自分の筋肉や脂肪を使って膨らみを作る方法。
もう一つは、シリコンなど人工物を入れて膨らみを作る方法。

前者のメリットは、保険が適用されること。
デメリットは、身体に大きな傷跡が残ること。当然、手術自体も大きなものになってしまう。

後者のメリットは、自分の身体を大きく傷つける必要がないこと。日帰りでも可能らしい。
デメリットは、保険が効かないため、100万円くらいの費用が必要になること。

どちらにしても、大きな負担(肉体的、または金銭的)を患者は強いられることになる。
それでも、失った乳房をもう一度取り戻したいという女性の願いは強い。

乳房を残すかどうかというのは、癌の大きさや場所だけでなく、手術を行う病院や医師によって違ってくる。
この病院なら残せたものが、別の病院だと残せないと言われる。
医師の腕の良し悪しとは別問題で、「姿勢」みたいなもんかな、違いは。

私のかかってる病院は、全国でも乳房温存手術率が高い(70%くらい)。
何も調べず、なすがままにここまで来たにしては、ラッキーだったのかなと思う。

おっぱい失うという事の重さを、今、残してもらえた乳房を見て改めて思う。
もし、ここに真っ平らな胸が存在していたら、私はもっとずっとたくさん泣いていただろう。
まだまだ、本当の闘いはこれからなのに、その手前で萎えてしまっていたに違いない。

心の傷を最小限にして、次のステップへ進んで行けることを感謝している。

ご対面~。 

この間、ドクターから傷口に貼ったテープは剥がれて来たら剥がしちゃって構わない、と言われたので、今日お風呂上がりに思いきって剥いでしまいました。
傷口と初の対面です。

「きれいなもんだな」

まだカサブタとかは残ってるけど、ぴーっと一本筋があるだけ。
時間が経てば、おそらく殆ど分からなくなるんじゃないかな。

こんなにきれいにおっぱいを残してもらったこと、本当に感謝している。
おそらく、誰に見せることもないとは思うけど(苦笑)、でも、やっぱり嬉しいよ。

手術の前にもらった、「これから乳癌の手術を受ける方へ」という小冊子を読んで、乳房温存出来るならそうしようと決めたのは、ドクターたちの、なるべく患者の精神的なダメージを少なくして、その後の治療への意欲や余力を残しておいてあげたい、という意志に、ちょっと感動したから。
そこで、「いや、残ってたら不安だから切っちゃってください」と言うのは、どうにか女としての尊厳を傷つけまいとしているドクターの日々の努力を否定してしまう気がした。

今、癌患者本人である私自身よりずっとずっと多くの女性を診て来て、おっぱいを失う女の辛さを感じているはずの人たちが、頑張ってくれているんだと、素直にそう思った。

先のことは分からない。
もし、また左の乳房に癌が再発し、結局、もう一度メスを入れなくてはならなくなった時、やはり恨むかも知れない。
あの時、取ってしまっておけば良かったと言うかも知れない。

だけど、今、きれいに残ったおっぱいを見て、幸せだと思った気持ちはまぎれもない事実。

タワゴト 

早期発見・早期治療。

癌に限らず、どんな病気でも一番大切なこと。
私も、もちろんそう思う。
だけどちょっとだけ、変なコト、言っちゃいます。

癌が成長するには長い時間かかるのだという。
私の癌は「早期」と言える時期は過ぎていた。
きちんと検診を受けていれば、一年か二年か、もっと前に見つかっていたのだろうと思う。

では、一年前に見つかっていたとして、そこから今までの一年間、私は癌治療をすでに始めており、順調ならばそろそろ抗ガン剤の副作用で抜けた髪も生え揃っている頃かもしれない。
そう考えた時、私は、一年前に見つけておけば良かったとは、実は思わないんだ。

だって、私にとってこの一年は、ものすごく楽しくて幸せな時間だったから。
一年前に見つけていたら、間違いなくこの幸せな時間を味わうことは出来なかった。
だから、今で良かったんじゃないの? って思う。

まあ、幾分、自己正当化してなくもないけども(笑)
いや、基本は早期発見・早期治療ですからねっ!

癌って言われた人は、一度は、「何故自分なの?」「何故今なの?」って思うと思うんだ。
何故私なのか、っていうのは、「これだけ癌になる人がいれば、私に矢が当たることもあるよなあ」って割と簡単に納得してしまった。
何故今なのか、っていうのもね、「良く効くお薬を手に入れることが出来たから」なのかな、と思ったりする。

「良く効く薬」っていうのが何か、っていうのはまあ、秘密なんだけど(笑)
少なくとも、一年前の自分よりは格段に「良い薬」を手にしていると思うよ。

だから、「今」は「今」であるだけの必然があるような、そんな気がするの。
あ、お願いだからこのこと、否定しないでね。
そう思い込むことで、前向きになれてる部分もあるから。

でも、王道は、早期発見・早期治療ですからっ!!

執行猶予期間 

退院後初めての通院日。
13時の予約が、2時間待ちで、診察室に呼び入れられたのが15時くらい。
今日は、私の執刀医であるおっぱい専門のドクターが外来担当ということで、待合室には乳ガン関係の女性と思われる人たちがいっぱいいました。

ちょっとリンパ液での腫れが気になっていたので、抜いてもらって楽になりました。
もともと、Dカップはあるワタクシですが(←自慢)、左はFカップ相当に膨張していて、痛いというより「重い」(笑)
久々に、左右同等の大きさに戻りました。
だけど、切った方の乳房も、Dカップを維持していられるというのは、思えば幸せなことです。

傷口はすっかり塞がっているので、今日は針を刺したから念のためテープを貼っておくけど、後は剥がしても大丈夫とのこと。
一応抗生剤ももらいました。
あと、「これから化学療法をうけられる方へ」という冊子を次回までに読んでおくようにとのこと。
「宿題です」って言われちゃった。

術後に関しては至って順調ということらしいです。
後は、切り取った腫瘍の病理検査の結果を待って、本格的な治療に入ることになります。
したがって、今月いっぱいは猶予期間ということで、それまで遊ぶどー!!(笑)
(一応、ドクターの許可も得ておりますので!)<なんか、言い訳がましい…。

病院の後、少し母と買い物をして(別に今日は何もないはずだからいいよって言うのに、母は絶対一緒に行くと言って聞かない)、その後職場へ寄ってみた。
一応、無事退院しました報告。
最後の日、出勤じゃなかった人には、本当に黙って辞めてしまったので、そのお詫びもしたかったし。

丁度、Tパパが休憩に行くっていうんで、一緒に近くのカフェへ。
Tパパは、ちゃんと挨拶できなかった人の一人なので、今回、ゆっくり話が出来て良かった。
パパも腰に爆弾抱えてるんだから、身体に気をつけてね。
女房子供もいるんだしね。

すっきり! 

天気も良いし、気分転換もしたいしってことで、美容院へ行ってきた。
入院中から後ろ髪の長いとこが鬱陶しくて、もうイヤッ!って感じだったので、ショートに。
美容院の先生は「少し長い方が似合うと思うけどな~」と最後まで切りたがらなかったんだけど、「いや、無理!」と強行(笑)

まあ、これから抗ガン剤とか始まるし、長い髪がばさばさ抜けていくのは精神的なダメージが大きいそうなので、短くしておこうと思ってたし。
仕事辞めたし、カラーも前の茶髪に戻そうかなと思ったけど、今のナチュラルな色も割と気に入ってるんで、すこーしだけ明るめにしてもらった。

髪が抜けちゃうことに対して、そりゃもちろん嬉しいはずはないんだけど、今はエクステとか帽子とか流行ってるし、自分じゃ出来ない髪型にして楽しむっていうのもありかなあ、と思う。
睫毛も抜けるっていうから、ちょいとオシャレなサングラスとかも買おうかな、とか。

まあ、辛いことは辛いこととして、どっかあっけらかんとした部分を持ち続けてないと潰れちゃうもんね。
みんな、貢ぎ物は、エクステ付き帽子で、よろしく(笑)

ネガティウ゛の波 

久々に、超後ろ向きな私になってしまった。
ネットで、乳ガンから全身への転移で、何度も再発と闘っている人のサイトを見つけて、その頑張りは本当に凄いと思うのだけど、自分に置き換えたら、とても辛くて恐くて「無理!」って。

特に5年先10年先、もしかしたら両親は亡くなってしまっていて、私は一人でそれらと闘っていかなくちゃならないのかと思うと、その孤独感に叫びだしそうになった。

今はただ、本当の辛さも知らず脳天気な私に、「現実に目を向けようよ」ということなのかもと思った。
だけど、「現実」は実際、まだ何も起こっていなくて、このまま完治することが「現実」になるかも知れず、再発を繰り返すことが「現実」になるのかも知れない。
どちらも、ただの「可能性」でしかないのが「現実」。

ならば良い方を信じて行くしかない。
所詮、目の前の敵としか闘えないのだから。

こんな波は、これからもきっと、いきなりやって来て私を凹ませるんだろうな。
うーん、しんどいものだ。

退院以来の生活っぷり 

朝、ちゃんとご飯を食べるようになりました。
お昼過ぎ、温かくなってからシャワーを浴びます。
お湯につかって身体をあっためるわけにいかないので、どうしても湯冷めしやすいんで気温が高い時に、ってことです。

あとは、入院中の日記をBlogへアップしたり、インターネットを徘徊したり、テレビを見たり、基本的にゴロゴロ生活です。
母がすっかり神経質になってしまって、近所のコンビニに行くのさえも、ついて来そうな勢いで困惑。
すっかり箱入り娘になってしまいました(笑)
まあ、もう少し怠惰な生活を送らせてもらって、ぼちぼち表にも出て行こうと思います。

抗ガン剤が始まると、いろいろ制約も出てくるだろうから、それまでにちょっと遊んどこうかな。えへへ。

遅ればせながら 

入院中の日記を、ぼちぼちと書いているところですが、気が付けば、退院しました報告をしていない!
すみません、昨日、めでたく退院いたしました。

というのも、今日、Sぴーから電話があって、「今から見舞いに行こうと思うんですけど」って…(汗)
いやいや、もう家に居ます、と(笑)

Sぴーは、直接私から病名を聞くことを拒否ったわけですが、このBlogの事をKちゃんから聞いて、携帯で読んで初めて病名を知ったらしい。
まさか「癌」とまでは思ってなかったのね。
でも、そうなのよ。
その「まさか」なのよ。
本人が一番「まさか」と思ってるのよ。

Sぴーにはこの間から、「治ったらアレもやろう、コレもやろう!」と言う私に、「そうは言っても病人なんですから、当分大人しくしててくださいよ」とか、「酒とタバコはだめですからね」とか言われたりしているのだ。
まさかコイツにたしなめられることになろうとは、不覚だ!!

退院 

未明、トイレに行ったら生理が始まっていた。
恐ろしいほど予定通り。
(予定通りだったので、生理用品は持って来ていた)
自分の身体と心へのダメージがいかに少ないかを実感。
ありがたや、ありがたや。

病院暮らしに慣れて来たのか、よく眠れるようになった。
今朝は、検温の時間にはまだネボケマナコ。
けど、今日は退院ですからっ!

7時過ぎ、U岡医師が来て傷口を見る。
問題無し。
次の来院は16日。
それまでにリンパ液が溜まって痛いようなら、いつでも来て下さいとのこと。

リハビリ科の人が来て、腕上げてみてくださいと言う。
そろそろと上げると、よく上がってますよ、だって。
凧上げか天ぷらみたいなことを言う。
まあ、こちらも問題無しってことで。

看護師さんから退院後の注意点の書かれた紙には、「無理をしないように生活してください」
それだけかいっ!
と全身で突っ込む。
一応あまり重い荷物とかは持たないように言われる。

請求書が来るのを待ってたんだけど、何かの都合で後日郵送することになったそうで、もう帰ってもいいよと言われる。
えらい簡単なもんだなあ。
こんだけのことしてもらって、お金も払わず帰してくれるんだ。
病院って太っ腹(笑)

母と二人で詰め所に挨拶して、入退院窓口で診察券を返してもらった後、タクシーで帰宅。

久々の我が家、というほど日にちは経っていないか。
とりあえず荷物を解いて、まずはシャワー。
結局、入院中は風呂入ってないんで(入院当日は午前中が入浴時間で、朝シャワーを浴びて行ってたんで、別に入らなくていいやってことになったし、手術当日と翌日は無理だし、日曜日は入浴出来ない日で、翌日には退院だったから)、きれいにしたい欲求が膨れ上がってた。

傷口には防水のテープが貼ってあって、それが剥がれないように気をつければ入浴もオッケーって婦長さんから言われてたので、用心しながらのシャワーターイム!
やー、さっぱりさっぱり。
気持ちいいねえ。

それから、Kちゃんに電話して退院報告。
心配かけたけど、あきれるほど元気でしょ?(笑)

そんなこんなで、ひとまず無事帰還したのでありました。

退院前日 

朝6時頃には大抵目が覚める。
夜中も一度は起きてしまう。
といっても、これは、入院前、つまり普段でもこんな感じなので、手術や入院のせいではないはず。

入院以来、ずっと微熱が続いていて、加えてずっと気温が高く寝苦しいので、手術の日からアイスノンを使わせてもらっている。
おかげでかなり快適。
微熱があるといっても、頭がくらくらするとか痛むとかはない。
7時の検温では、36.6度で少し下がっていた。

検温の際に、看護師さんに「シャンプーしてもらいたいんですけど」とお願いしてみたら、「大丈夫ですよ。あとでしましょうね」と言ってもらえた。
もう、頭限界!(笑)だったので、嬉しい。

朝食前に体重測定。
入院時より1キロちょっと減っていた。
まあ、丸一日絶食だったし、その次の日も殆どまともに食べてないのでこんなもんだろう。

朝食は、食パン2枚、サラダ、魚肉ソーセージ、ママグルトというメニューで、ほぼ完食。
食欲は戻って来た。
食後、抗生剤を飲む。
今日から点滴ではなくお薬になった。

9時半頃、U岡医師が来て、傷口の絆創膏を貼り替えて行った。
問題無し、とのこと。

それから少しして、シャンプーしましょうと看護師さんがやって来た。
持参して来たシャンプーとコンディショナーを渡して、洗面所の前に腰掛け、前屈みになる。
看護師さんがケープをかけてくれ、お湯で洗ってくれる。

もう、ほんと、こんな気持ち良いことが世の中にあるのかっ!(笑)ってくらい気持ち良い。
「入院以来、今が一番幸せです」と言うと、「シャンプーしてこんなに喜んでもらえたのは初めて!」と看護師さんも喜んでくれた。

頭を洗ってもらってさっぱりしたところで、身体も自分で熱いお湯に浸したタオルで拭いて、パジャマも着替えて、何もかもさっぱりさんに。
いやあ、身体が動くって素晴らしいね。
それに、自分で身体を清潔に保つってのは、精神的にも前向きになれて良い。

路上生活者の人たちにお風呂のサービスを提供すると、身体が清潔になったことで他人との関わりに積極的になれて、仕事をする意欲も出てくると、前にテレビかなんかで見た。
その気持ち、すごくよく分かるなあ。

女性なら、もっと身近に実感出来るよね。
すっぴんじゃ他人に会いたくない!って(笑)

そんなことで、午前中はあっという間に時間が過ぎて、もう昼ご飯。
昼食のメニューは、カレー、ご飯、マカロニサラダ、それにメロン!
メロンは念のため皮の方をひっくり返して確認したところ、編み目がついてました、隊長!!(笑)

20041110-lunch.jpg


午後から母がやって来た。
が、別にすることもないし、買って来たケーキを食べて昼寝をしてる。
まあ、いいです。
色々疲れてるんだから、寝たい時には寝て下さい。

私はその間、入院前に買っておいた島田荘司の本を読む。
これまでもちょこちょこ、暇な時に読んでいたので、このペースだと退院までに丁度読破出来そうだ。

最近は、島田荘司も、さほど「好きー」ってこともないんだけど、ずっと呼んで来たから新刊が出れば一応買う。
でまあ、そこそこ面白いなとは思う。

基本的に推理小説の類いが好きで、これもそうなんだけど、さすがに今回の自分の状況のせいか、死体の描写とかは、ちょっとやだなあと思った。
しかも、全編台詞が広島弁(舞台は岡山なので岡山弁か)で、妙なリアリティがあって、余計にそう感じたのかも。

本読んでテレビ見てるだけじゃ、あまりにも病人っぽいんで、病棟をふらふらと探索に出かける。
今日は日曜で、外来には誰も居なくて静か。
自動販売機で冷たい飲み物を買って、部屋に戻る。

本読んでテレビ見て散歩、のローテーションを何度か繰り返してる内に夕食。
夕食のメニューを見た母は、「今日は食べるもんないから帰るわ」と言って早々に帰る。

夕食食べて歯磨きして顔洗ってテレビ見てたら、19時半頃、廊下で人の話し声がしてノックの音。
「はい?」
と見ると、職場の皆様のご来場でした。

19時に仕事を終えてそれから来てくれたのね。
お疲れのところ、おすすめする椅子もなく、立ちっぱなしにさせてしまって申し訳ないっす。

お見舞いに持って来てくれたのは、「その辺のコンビニで買ってきた」と本人申告のアポロチョコレート(季節限定品)。
チョコレートが死ぬほど嫌いなM氏のチョイスが、何でアポロチョコなんだろう?
もしかしたら、私がポルノグラフィティを好きだってことで「アポロ」なのか?
ま、いいや、そういうことにしておこう(笑)

ほんの一週間ぶりの再会だったけど、ひどく懐かしくて、もうたぶん、あの場所には戻れないと思いながら、それでも、明日にでも戻っていそうな、そんな不思議な感じ。
面会の時間は20時までだから、そんなに長い時間話は出来なくて、でも、皆名残惜しそうにしてくれていて、私も名残惜しかった。
けど、ご近所の病室には、本当に深刻な症状の人もいるかも知れないので、そのご迷惑になってはいけないということで、「いいかげん帰れ」(笑)と退去命令を発令。

玄関まで見送りに廊下を歩いている時「これからが大変なんですよね」と声をかけられる。
「うん、これからなんだよね」
自分に言い聞かせるように答える。

そこまで事情を分かった上で、明るく楽しい態度で接してくれることに感謝している。
最後の最後まで手を振ってくれている姿を振り切るように踵を返した時、涙がこみ上げて来た。
淋しいと思った。

涙がこぼれることはなかったけどね

翌日 

ものすごい空腹だったはずなのに、朝食はほんの少ししか喉を通らず。
でも、食べ物の力というのは大したもので、それだけでもどんどん元気が出てくるのが分かった。

午前中、執刀してくれた主治医のU岡先生が来て、手術跡を固定していたテープを剥がして行った。
腫れも見られず順調とのことで安心する。

昨日の朝から右手の甲に入れられっぱなしの点滴のせいで、右手の方がむしろ痛い。

頭もはっきり覚醒したし、起き上がるのも歩くのも普通に出来るようになったので、手術前から心配してくれていた友人たちに、無事ですのメールを送る。
全員には無理なので、各方面代表という感じで送っておいた。

昼食は普通のご飯に、牛肉のステーキ(!)、サラダ、白菜の煮物、梅干しというメニュー。
手術翌日にして、このこってりメニューはどうなん?
要するに、もう、全然普通の食事でおっけーよ、ってことなんですね。

肉には手が出なかったけど、ご飯は1/3くらい食べて、サラダや白菜を少しずつ。
例によって、残りは母が平らげる。

昼食後は、特にすることもなく、テレビを見たりうとうとしたり。
点滴が一旦終了。
まだ針は刺さってるけど、これも、午後からの抗生剤の点滴が終わったら抜いてもらえるらしい。
とりあえず、薬が入らなくなったので痛みがなくなって嬉しい。

15時半くらいに、H姫がお見舞いに来てくれた。
休憩時間を潰してまで!
ありがとうよ~。
プリンやヨーグルトをいっぱい買って来てくれて、「たぶん、他の子たちもくると思うから、みんなで食べて」って。

職場からこの病院までは、確かに徒歩5分くらいだけど、誰しも、貴重な休憩時間を割くことまではしたくないだろうと思う。
それをわざわざやって来てくれて、分かりにくいこの病院内を探して来てくれて本当に嬉しかった。

私も某所では「姫」と呼ばれたりしておりますが、ルックスも性格も、H姫には完敗でございます(笑)
後で、H姫の信者であるM氏に「姫が来てくれたよ」とメールを送ったら、「さすが姫です」と返事が返ってきた。
うん、さすが姫だ、と私も納得。

H姫が帰ってしまうと、またまた退屈な時間。
母に、手術中の話を聞いたりして過ごす。

手術室前の待合室で、万が一のことがあるかも知れないと両親は待っていたわけで、4時間を超えるその時間は、どんなにしんどかっただろうと思った。

13時に手術室に入って、終わったので説明しますと別室に呼ばれたのが17時くらいだったという。
黒板に図を書いて説明を受けたらしい。
(実際に手術室から出て来たのは、それから30分くらい経ってから。麻酔が解けるのを待って)

手術の内容は、前日に説明した通り、全て順調に終わりました、と。
乳房の癌とその周囲を切り取り、周辺部(断端部というらしい)を調べた結果、癌は見つからず、その部分だけの切除で済んだこと。
しこりの見えたリンパ節は、やはり癌が認められたので切除したとのこと。
リンパ節切除に伴い、腕が腫れるとか怪我をすると治りにくくなるとかの後遺症は残るとか。
いずれも、前日の説明の中でされていたものだったそうだ。

そして、切除された腫瘍を見せてもらったそうで、母に至っては触ってみたらしい。
うーん、気持ちわりぃ(笑)
手術前と手術後の写真も見たそうで、手術痕はきれいな一文字になっていて、大きさや形もあまり変わっていないから今までのブラジャーとかで大丈夫そうだったよ、と言っていた。

乳ガンと言う病名を聞いて、乳房温存も可能らしいよと言った時には、全部取らないと不安だと乳房温存を嫌がっていた母だけど、いざ、きれいに残ったおっぱいを見ると、やっぱり嬉しかったようだ。

自分で見てみても、洋服の上からなら、本当に言われなければ分からないくらい、形は変わっていない。
腫瘍の出来た場所が付け根に近かったことも幸いして、トップの部分を残すことが出来たようだ。
特に今は、リンパ液がたまっているので、右より大きいくらい。

命と引き替えには出来ないから、全切除も覚悟はしていたけど、やっぱりおっぱいがなくなってしまうというのは、女にとってとてつもなく辛いことだと思う。
これから先の、女としての人生を、やはり一度は諦めてしまうしかない気持ちになるもの。

そんな話をしている内に、ようやく夕食。
実際、食べることくらいしか楽しみってないのよ、入院生活には!

で、今日の夕食は、なんと天ぷら!!
でっかい海老もあるよ、おい!(笑)
母と二人で大盛り上がりだ。

とはいえ、いくらなんでも天ぷら完食出来るほど元気でもないので、半分くらい食べて、残りは母へ。
母は、私の入院中、自分の食費をここで浮かすつもりらしい。

夕食前に点滴の針も抜かれ、ようやく本当に自由の身になれた。
母は18時過ぎに帰って行った。
本当にお疲れ様でした。
家でゆっくり休んでください。

19時過ぎ、U岡医師が傷跡を見に来て、問題無しとのこと。
痛みは本当に、全く感じず、リンパ液による腫れと違和感があるのみ。
痛み止めはまったく飲まずに済んだ。

今回の入院・手術にあたり、もっとも心配だったのが薬のアレルギーだったのだけど、何も起こらず本当に良かった。
消灯時間には大人しく照明を落とし、本を読みながら何となく寝た。

手術後 

たぶん、名前を呼ばれて意識が戻った。
目は開けてなかったと思う。
最初に出た言葉は、「気持ちが悪い」だったか「今、何時ですか?」だったか。

気分は最悪だった。
強烈な吐き気。
おそらくその場で吐いたと思う。

時間は「5時40分です」と言われた。
「4時間以上も経ったのか」と思った。

とにかく吐き気がひどくて、吐き気止めを打ってもらったらしいけど、当分気持ちが悪かった。

手術台からストレッチャーへ移される時やストレッチャーが動かされるのが、吐き気を一層促進する。
ただ、吐き気止めのおかげか、それ以降は吐かずにすんだ。

手術室から出て来たところで、母の声が聞こえて目を開けた。
「こういう時って、ドラマで見るのと同じなんだな」と思いながら母に向かって右手を伸ばした。
母が手を握り返してくれた。
それで、ずいぶん安心した。

病室に戻ったのも、なんとなく分かった。
傷の痛みは何にも感じなかった。
それより吐き気が辛かった。

あとは、たぶん、オシッコがしたいとか言ってたと思う。
実際は尿道に管が通されていたから、自分の意志とは関係なく勝手にオシッコは排出されていたんだけど、管の入ってる違和感でずっと尿意に似た感覚が続いている。
これは、翌朝管を抜かれるまでずっと不快なままだった。

おそらく、少し目覚めては、また眠るという繰り返しだったのだろう。
母や看護士さん達の会話が断片的に聞こえていた。
すっかり目が覚めたのは、父が家に帰るという話をしていた時だった。
帰りにコンビにで弁当買うつもりだけど、コンビニから歩いて帰るのが面倒だとか言って、母に怒られていた。
帰って行く父に「ばいばい」と声をかけた。

その後は、動けないことと喉の乾きが辛かった。
動けないっていうのは、あっちこっちに管が繋がってるせいで、身体が動かないわけではないんだけどね。
喉の乾きは、朝からずっと水分を取ってないし、部屋の中は乾燥してるし、まだ水飲んじゃいけないし。
で、時々、母に頼んでうがいをさせてもらった。

それから朝までが長い。
少しウトウトしては目が覚める。
看護士さんたちも、しょっちゅうやって来ては血圧を測ったりして行くし。
ただ、時折母の寝息が聞こえてくると、眠ってくれていることに安心していた。
私は手術中眠っていたけど、母はその間起きてたわけだし、精神的にも私より疲れてるはずだから。

やっと、廊下で看護士さんたちの声や物音が聞こえてきて、母に時間を尋ねると、6時だという。
「ああ、朝が来たね」と言ったところで看護士さんが「朝ですよ」と言って入ってきた。

それから、段々と身体に繋がれていた管が外されていった。
酸素チューブ、心電図、カテーテル。
繋がったのは点滴だけになり、ゆっくりなら歩いても大丈夫と言われた。

7時40分頃、朝食。
全粥、みそ汁、おひたしに、ママグルトというヨーグルトドリンク。
ものすごく空腹だったけど、さすがに喉を通らず、ママグルトを半分くらい飲んだのと、みそ汁をすこしすすって、お粥を何口か食べた。
残りは、母が結構食べてました。

長い夜が明けた。
やっと、そう実感しました。

手術 

昨夜、寝る前に安定剤と下剤をもらって飲む。
夜中ぐっすり眠れたわけでもなく、下剤も特に効いていないようだ。
朝になっても、別に便意はない。

7時頃検温や血圧があり、その後、浣腸。
初体験。いやん。

我慢が足りなかったのか、すっきり感はない。
看護士さんに、「まだ残ってるみたい」って言うと、「手術までまだ時間があるので、それまでにトイレ行っとけばいいです」とのこと。
「出たもの確認します」って言われて見せたんだけど、「こんなものまで…」って、ちょっとショックだった。

今朝から絶食。
午前8時以降は水も飲んじゃダメ。

9時頃から点滴。
私は血管が細くて、普通の血管注射もよほど腕の良い人じゃないと一発で入らない。
この点滴は、分かりやすい肘の内側じゃなくて、腕の部分に入れるらしくて、何度も腕を叩かれたり、お湯であっためたりしたけど、結局、一回失敗した後、「ここ痛いんだけど、ごめんなさいね」と言われ、手の甲に。
何だか強そうな右腕になっちゃったわ(笑)

20041110-arm.jpg


ベッドに横になって少しウトウトしてたら、Kちゃんが来た。
あれ、面会時間は「平日午後1時から」なんですけど(笑)
仕事の前に寄ってくれたんだって。
ありがと。
手術前にパワーもらったよ。

15分くらいKちゃんと話してたら、検査の呼び出し。
そこでKちゃんとバイバイ。

この検査は、センチネル・リンパ節生検という、リンパ節に転移があるかどうかを調べるためのもの。
手術中にリンパ節を取り出して癌転移があるかどうかを調べるのだけど、取り出すべきリンパ節を特定するために、前もって癌の周囲に色素とアイソトープ:放射線同位元素(RI、テクネシウム)を注射しておく。

この注射が、シャレにならないくらい、イテー!
その後、写真を撮るってことで、3分くらい機械の下に寝ておく。
寝とくのは楽だけど、とにかく、注射がイテー(涙)
1時間後にもう一度写真を撮るので、また来てね、とのこと。

さすがに手術当日は、スケジュールいっぱいで忙しいや。

2回めのセンチネル写真を撮り終わった頃に、両親がやってきた。
手術のスタートは予定通り13時。
両親とゆっくり話す時間もないまま手術室へ歩いて向かう。

手術室の前に、待合室があり、両親はそこで待ってもらうことになる。
私一人、手術室の中に。
入り際、母が背中を叩いて「頑張って」と言った。
「うん」と答えてドアの中へ入った。

案内されて入ったのは、テレビなんかで見るよりも、どことなく所帯じみた感じ(笑)の手術室。
そこに自分で横になり、パジャマの上着を脱いで、上から緑の布をかけられた。

スタッフの人たちが忙しく動き回り、私の身体にいろんな器具をつけて行く。
合間合間で看護士さんたちが、声をかけて緊張感をほぐしてくれる。

前夜麻酔の説明をしてくれた麻酔医のドクターが、酸素吸入器を取り付け、「段々意識がぼーっとしてきますよ」と言われる。
その声を聞きながら、頭上のライトを見つめている内、すぐに意識はなくなった。

これから先の数時間、私の代りに、ドクターたちが私の病気と闘ってくれる。
手術室の外では、両親が、数倍にも感じられる時間を耐えて待っていてくれる。
そして、たぶん、多くの友人達が、私の無事を祈ってくれているはず。
当の本人だけが、すやすやと夢の中にいる。

入院 -つづき- 

昼からMRIまでが長い!
母と二人でいたって、別にそう話すこともないしさあ。
いつMRIの呼び出しが来るか分からないから、部屋を空けてうろうろするわけにもいかないし。

昼食以来待つこと5時間。
ようやくお呼びがかかりました。
MRIは、うつ伏せでドーム型の機械の中に入ります。
CTを裏返したようなものだけど、ずっとドンドンガンガン音がしていて、気をつけないと、その規則正しい音の中で眠ってしまいそうになります。
寝ると逆に動いてしまうと思ったので、頑張って起きてました。

検査は30分ほどで終了。
部屋に戻ってまた母と話してると、Y田さんがお見舞いに来てくれてびっくり!です。
夕食の時間が近かったので、あんまり話せなかったけど、嬉しかったです。
本当にありがとうね。

一応、入院以来ピッチの電源は切ってたんだけど、試しにメールを読み出してみると、いくつもメッセージが入ってた。
おろろ~ん、みんなホントにアリガトよ~。

で、メインのおかずがコロッケという晩ごはんを母と分け合って食べた。
そろそろ母も帰らせてあげたいんだけど、肝心の手術のカンファレンスがまだなんですよ。
これ聞かないと帰れないっすよね。

結局、カンファレンスが始まったのが、19時頃。
話の内容は、前に聞いた話とほぼ同じだった。
大きさは2.3cm程度で乳房温存が可能。
遠隔転移(他の臓器などへの転移)は見られず、腋窩のリンパ節にしこりが見えるので、それは切除しますと言われた。

検査が進むごとに、より詳しく調べられることで、他にもっと深刻な状況が見つかったら、と不安になっていた。
それが、一応、今自分が把握している状況が以上のものではなくて、まずは安心。
順調に行けば、術後3~4日で退院とのこと。
あとは、本当に、順調であることを祈るだけだ。

カンファレンスが終わって、ようやく母を解放してあげることが出来た。
明日は、もっと大変だけど、まあ、よろしく頼みます。

ちなみに、今朝から禁煙だけど、別に平気。
明日はそれどころじゃないし、案外大丈夫かもな~。
タバコ吸ってると、痰がからんで苦しいんですよ、と説明しに来てくれた麻酔医さん、あなたタバコ臭かったから!
説得力なしっ!(笑)

入院 

朝10時からの予約だったけど、9時半くらいに到着。
入院の受付を済ませて病棟へ。
看護士詰所を覗くと、若くて美人の看護士さんがすぐ出てきてくれ、その人が私を担当してくれるN河さんだった。

このN河さん、マジ可愛い!
ゴマキ、ソックリっす。
顔ちいせ~。
そんで、やさし~。
いや、どんな看護士さんに当たるかは、入院生活を左右するわよね。

病室は、決してきれいとは言い難いけれど、とりあえず、大きな窓で日当りと風通しが良くて安心した。
それだけで、差額分くらいは納得できます。

20041110-window.jpg


入室してすぐ、N河さんの案内でトイレやお風呂、その他の施設を見て回り、検温、血圧調べて問診があって、あとは夕方のMRIまでヒマらしい。

浴衣とか丁字帯とか、まだ買えてないものを揃えるために売店へ。
KIOSKと見まごうような売店で、それらと飲み物とか買う。
方向音痴の母親のために、行く先々で目安になるものを教えて回るが、大丈夫かいな、この人。
回れ右したら、もう、どっちから来たか分からなくなるんだもんな。

部屋に帰って、あんまりお腹が空いたんでサンドイッチつまんでたら、昼食が運ばれてきた。
もうちょっと我慢してればよかったのね(笑)
食事は、まあ、それほどひどくもないけど、特別美味くもなかったです。
何より、プラスティックのトレイや食器に、食欲が萎える。

パジャマに着替えてベッドの上でこんなものを書いていると、段々入院患者モードになっていく。
退屈と禁酒・禁煙が何気に辛いですか?
「か?」って、誰に聞いてんだか(笑)

入院前夜 

だからといって、何もないわけで(笑)

必要な物品はちょこちょこと買い集めていたので、それを荷造りするだけ。
といっても、それさえも母が殆どやってしまっていた。
私は、本当に自分の日常生活に必要なものだけをバッグに詰めるのみ。
ほんの小旅行に出かけるかのようだ。

今度この部屋に帰って来る時は、キズものになっちゃってるのね(笑)
まあ、長い闘いになりますから、途中で息切れしないようにしないとね。

それでは、ゆっくり風呂にでも入って寝るとしよう。
しばらくそれも出来ないからね。

CT検査 

今日はCT検査のため病院へ。
少し早めに着いたので院内探索。
入院するのがどの病棟か聞いてないので、その辺はチェック出来なかった。
病室のドアが開いてる部屋を軽く覗いてみたけど、う~む。
古い病院だから仕方ないけど、どうも滅入るなあ。
喫茶室や売店も、かなり酷い。
こりゃ、出来るだけ早く退散したいものだ。

時間になったので、CT室へ。
しばらく待って名前を呼ばれて入室。
部屋の隅のカーテンで仕切られた所で、検査着に着替える。
「えっと、パンツは、はいてていいんですか?」
と聞いたら、「いいですよ」と(笑)
いや、ホント、こういう検査初めてだから分からないんだって!

部屋の真ん中にテレビとかで見たことある機械があって、その手前のベッドに仰向けに寝る。
看護士さんがタオルケットをかけてくれた。
ちょっと、いやかなり、ぽっちゃりめの中年の女性で、世間話を交えながらリラックスさせてくれてるようだ。

初めに、何もせず、ただドームの中に数回出入りした後、造影剤を腕の血管から注入しながら、更に数回ドームを出たり入ったり。
造影剤が身体の中を駆け回るのがハッキリ分かって気持ち悪い。
気分が悪くなったりはしなかったけど、私は薬のアレルギーがあるので、なんか不安。

検査は30分ほどで終了。
今日はこれだけだ。

会計に行って清算してびっくり!
1万もぼったくられたよ(笑)
そりゃ、高そうな機械だよ。
お金かかってるのわかるよ。
でも、何か、オチオチ病気になんてなれないよねえ。

その出費で少々金銭感覚がマヒったらしく、帰りにLoftで腕時計を買ってしまった。
まあ、前から欲しいとは思ってたから、まんざら衝動買いでもないんだけどね。

ZUCCAで、革のリストバンド風のやつ。
前から欲しかったけど、仕事で使うとなると、私の場合日付表示が必須だったので、休みの日だけ用に買うのはちょっともったいなくて後回しになってた。
仕事辞めた解放感と、自分への頑張れ代ってことで、まあ、いいじゃんね。

黒いのがクールでいいなあ、と思ったんだけど、実際腕にはめてみると、ちょっと私にはハード過ぎる気がして、ワインレッドにしました。
こっちの方が肌なじみが良いです。

20041102-zucca.jpg

あと、入院中に読む本を買った。
デジモノ投入にするかどうか色々考えてみたんだけど、ちょうど島田荘司の新刊が出たとこだったので、どうせそれ買うし読むし、ってことで、基本はその新刊(上下巻で読み応えたっぷり!)を読破する、と。
あとは、リナザウ1台に全て任せたぜっ!

ま、そんな感じで、入院準備は何となく進んでいるのであった。

ちょっとした贅沢 

今日、病院から電話があって、入院は11月4日の午前10時と決まった。
んで、部屋は頼んでおいた個室。
ただし、一番安い奴(笑)

ま、とりあえず個室ってだけでいいです。
たかだか一週間くらい他人と一緒でもいいけど、もしそこにやな人がいたら、本当に嫌だと思うから。
病気の時に、人間関係なんかでストレス受けたくないもんね。

というわけで、プラス日額2,600円の贅沢です

終わりましたね~。 

昨日で、とうとうお仕事終わり。

最終日に相応しい、というべきかよく分からないけど、とにかく忙しく色んなことの起こった、中身の濃い一日だった。
特に、残り一時間でのドタバタは歴史に残る、とさえ思えるほどだった。
最後の最後に、ちゃんと自分の仕事をやりきれて良かった。

黙って辞めるつもりだったのに、結局、同じ部署の人たちには、今日で終わりってことだけ伝えられていた。
かつ、特に親しく、というか仕事上の関わりの深い人たちには、私から理由も説明しておいた。

この職場では、辞める人間は菓子折りを持ってくるのが慣例になっていて、私も一応クッキーの詰め合わせを用意。
中には、皆宛の手紙を入れて。
言わずに辞めるつもりだったから、なんか、状況変わってて書いてある内容、若干ウケルんですけど(笑)

ま、それはともかく、最後の一日はなかなか充実したものになりました。

で、あまりの忙しさに、一緒に仕事をしてたメンバーが全員残業となりまして、そのメンバーでご飯を食べて帰ることになりました。
一応、最後だからね。

そのご飯タイムは、なんだか異常に盛り上がった。
なんたって、その日の忙しさやあわあわぶりを思い出すだけで、全員爆笑ものだったから。
いっぱい話していっぱい笑って、今日は声が枯れてまともに話せないほど。

本当に楽しい時間を過ごせて、やっぱり黙って辞めなくて良かったかな。
結局、一番力になるのは、人の気持ちだと思う。
皆に、温かい言葉をもらって、絶対戻って来てくれと言われて、そんな思いが、これからの闘いの糧になっていくんだから。

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