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術後一周年検診 

久々の病院。
疲れた~。

本日のメニュー
・採血
・マンモグラフィ(乳房のレントゲン)
・骨シンチ(骨への転移を調べる)
・CT

CTと骨シンチの検査のため、朝は絶食。
普段でも朝は食べないことが多いから、どうってことはないはずだったんだけど、昨夜、晩ご飯を食いはぐってしまったので、検査が終わるまで、丸24時間以上飯喰えね~。
そう思っただけで、なんだかふらついてしまう。

まずは採血。
ああ、思い出したよ。
針、刺さんねーんだよ。
とりあえず、肘の内側は無理だって分かってるので手の甲でお願いする。
が、やっぱり血管見つからず、お湯につけて10分ほど温める。
それでどうにか成功。
何度も刺されずに済んで良かった。

続いてマンモ。
おっぱいを板に挟んでぺったんこにして撮る。
いてて、いてて(泣)

次は骨シンチのための造影剤を注射。
採血だけなら術側の左手でもいいけど、薬を入れるとなると右手でなければならない。
右手は、抗癌剤のせいで、もう、血管ボロボロなので、生きてる血管を探すのが一段と大変。

右手甲の人差し指と中指の間くらいの先っちょの方の血管にIN!
刺し直されずに済んだのは良かったけど、細い血管なので造影剤が漏れたのか青くなって腫れてしまった(2日後現在、まだ腫れは引いてない)。
この後、造影剤が骨に行き渡るまで2時間半くらい待つ。

私は、骨シンチの撮影が終わるまで、ご飯食べちゃいけないんだと思ってたんだけど、CTが済んだらご飯食べてもいいよ、と言われて大喜び!
泣かんばかりに喜ぶ私の様子を見て、ドクター、どんだけ腹減ってんだよっ!と思ったに違いない(笑)

それからCT。
ここでも造影剤を入れる。
右手の甲は先ほどの骨シンチの造影剤で腫れてしまってるので、今度は、右手首。
(その前に、右肘の内側でチャレンジしたけど、あえなく失敗。だから、無理だって言ってるのに…。はあ)
ここは初めてだったけど、痛かったよ、ママン。
そんでもって、ここも造影剤漏れて青くなってる(2日後現在もまだ青い)。

薬が入ったところでCT撮影開始。
ドーム状の機械の中を、何度か出入り。
息吸って~吐いて~止めて~。
息止めてる時間が結構長くて危なかったよ。
ちょっぴりズルして、「楽にして~」の前に少し息吸っちゃった、てへへ。

その後、骨シンチ撮影までの待ち時間に昼食。
別の用事で近くまで出てきてた母と、回るお寿司へ。
はー、丸一日ぶりのご飯~。
うめ~。

再び病院へ戻って骨シンチの撮影。
穴グラみたいな機械の中に入って20分ほど寝てるだけ。
ラクチンラクチン。

CTも骨シンチも、ヅラと帽子つけたままで済んで助かった。
だいぶ髪も伸びてきてるけど、やっぱまだ素頭は恥ずかしいもん。
どれくらいかというと、ちゃんとセットすればモデルのはなちゃんくらいかなぁ。
「これはおしゃれでやってるんです!」って開き直れば地毛デビュー出来るかも。
でも、そんな勇気は私にはないのす。ぐすん。

本日のお支払い、27,760円。
くそー、たけーよ!

結果は12月6日。
はー、どうだろうねぇ。
転移も再発もありませんように。

もちろん無事を祈ってはいるんだけど、もしもの覚悟はしておく。
また抗癌剤ってことになれば、はなちゃん程度に伸びた髪とも再びオサラバ。
それは嫌だなぁ。ふぅ。

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聖飢魔II復活ミサツアースタート!……してる…orz 

当然触れているべきネタなのに…。
いやいや、水面下ではちゃんと諸々進行しておりますが。

17日の戸田市文化会館から始まり、中野サンプラザ2Days、そして今日の宮城県民会館で4回目。
広島は来月の19日。
FINALの東京国際フォーラムは26日になる。

私が彼らと会えるのはまだまだ先だけど、もう、すでに彼らが復活し存在しているのだと思うと、言葉にできない感慨を覚える。

自分のサイトにあるFINAL 3DAYSのミサレポとか読み返してみたり。
いやー、書いといて良かったなぁ。
つーか、ベースを叩き壊したゾッド親分の立場は? と思うとちょっと笑えたんだけど。
そういえば、今回、親分は出ないのかな。
まあ、ベース壊しちゃったし、ね。

ジェイルが出るってことは、当然、「アダム」はやるはずだよね。
ならば、「アレ」を叫ぶことが出来るのかな?
「アレ」つったら「アレ」っすよ。
「青森県南部地方及び岩手県地方において、紅玉を何と呼んでいるか知ってるか?」
の答えですよ。

もう二度と、あんな単語を大声で叫ぶことなどないだろうと思っていたのに。
いいんですか? 叫んじゃいますよ?
ウホホ…。

なんか、もう、馬鹿みたいにうかれちゃうよ。
ミサの感覚を取り戻すべく、ちょっとDVDでも見てみようかな。
見よう見ようと言いつつ、見れなかった最後のミサを。

あの時の涙や想いを裏切られたとかは、これっぽっちも思わないよ。
だって、私が今の病気を知った時、本当に、心から、「もう一度彼らに会いたい」と思ったんだもの。
そして、こんな奇跡が起きるなら、私の命だって、諦めさえしなければつなぎ止めることが出来るんじゃないかと思ったんだもの。

でも、万が一、長くは生きられないと言われたとしても、「とても大きな願いが一つ叶えられた」という喜びは得られたんだもんね。
そんな気持ちで、このミサに参拝してる人間がいるってこと、彼らには分からないだろうけど、私が受け止められればそれでいい。
私のための復活だと、私が信じていればいい。

なんとなく嬉しいもんだね 

久しぶりに「sigmari TOZENSO」の掲示板に書き込みがあった。
自分のサイトを立ち上げ、「sigmari TOZENSO」のような皆に愛されるサイトになるようにと、ブログの名前を「TOZENSOU」にしたんですと。

もう、日記さえも更新してなくて、時々、3PHS掲示板の迷惑書き込みの削除だけしかしてない状態だけども、たくさんの人に訪れてもらえて、その中の何割かの人たちに愛されて、あの場から幾つかの人の繋がりが生まれたことを誇りに思う。

ちなみに、ちょっと前にトップページにアクセスした時のカウンターが「666668」で、惜しい!と思った(笑)
今日は「667027」でした。
結構、今でもアクセス数あるんだよね。

新しい手帳に 

最初の一言を書き入れた。


『初雪』

もろもろ一周年シリーズ -本番- 

本番って(笑)

今日で術後一年となりました。
ここ2・3日記憶が飛んでいるので、すっかり日付がわからなくなっていた。
夜、いつものように母と散歩をしていて、ふと思い出した。

ちょうどこんな、秋と言うには暑いくらいの日だったね、とか。
ずっと微熱があってアイスノン借りてたよね、とか。
手術のあと、痛くなくて良かったよね、とか。
そんなことを話しながら歩いた。

手術室の中まで普通に歩いて入って行って、自分で手術台に上って、酸素マスクをかけられたら、もう、その後の記憶はない。
麻酔の切れ際の吐き気が嫌だった。
部屋に戻ってうつらうつらしながら朝を迎えた。
傷の痛みはまったくなく、絶食のせいで、空腹と喉の乾きがちょっと辛かった。

いわゆる「エコノミー症候群」を防ぐため、手術前に弾性ストッキング(きつきつのハイソックスのようなもの)を履かされていて、足下がごわごわして気になった。
母は、血栓が出来るのを恐れて、夜中に時々足をさすってくれていた。

ぐっすりと眠れはしなかったけど、目が冴えることもなく、ただ体に繋がれた管の違和感と闘っていた。
夜が明けて、その管をすべて外されたら、もう、どこもかしこも元通りで、わずかに感じる左乳房の腫れを除けば、自分が手術を終えたことなど嘘のようだった。

本当の意味での一年経過は、今月末にある術後一年の検査を終えなければ何とも言えない。
そこで、早々に転移なんかが見つかっちゃう可能性もあるから。
でも、とりあえず、一年経ちました。
元気で生きてます。
めでたいじゃないかっ!

聖II強化期間 

11月に入って、復活ツアーもそろそろスタート。
私は12月になってからの(というか、殆ど最後の方だけだわ)参戦。
今から、ぼちぼち曲の聞き込みを開始するわよ!

まずは、新曲から。
この声も、ギターもドラムもベースも、間違いなく彼らの音。
もう二度と、新たに聞くことは出来ないと思っていた、彼らの音。
そう思うと胸が『きゅーん』ってなる。
乙女みたいに。<突っ込み不可

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